インドと日本は実は過去に戦友だったりする

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第2次世界対戦における日本の目的は、それが「アジア侵略」戦争であったのか、それとも「欧米支配からのアジアの開放」のための戦争であったのか?

いまなお議論がかわされているところです。

今はわかりませんが、僕の時代では日本史では完全に日本の暴走的な感じで歴史が語られていました。

その答えがどうであれ、実は日本とインドは第二次世界大戦中に一緒に戦った仲間だったことはご存知でしょうか?

日本人でこの事実を知っている人は少ないです。

その戦いは第二次世界大戦中のインパール作戦というものです。

インドの独立にもっとも貢献をした人の一人にチャンドラボーズという人がいました。

このチャンドラボーズは「インドの支配はイギリスの暴力と武力で行われているのだから、それに対抗するためには武力しかない」という非暴力主義のガンジーとは「インド独立」という信念は同じくするものの、その方針に関してはまったく別の理念をもつ人でした。

第二次世界大戦が開始されて、ドイツとイギリスが戦争をはじめた時、チャンドラボーズはイギリスから独立の機会であると判断し、ドイツへ訪れました。

しかし、そんな彼に対して、ドイツ政府は待遇はよくしたものの、インド独立に対しては冷たくあしらいました。

その後、日本もアメリカ&イギリスと戦争状態になり、ボーズはこれこそが絶好の機会とし、次は日本へと来日しました。

そして、ボーズにより、日本は心を動かされ、当時日本の占領かであったシンガポールにおいて「自由インド仮政府」というものを組織し、元英印軍であったインド人を集めて、「インド国民軍」というものも組織しました。

そして、その後日本は英国に支配されているインドからの「援蒋ルートの遮断」、インド国民軍は「インド独立」という利害が一致により、インドの北東部のインパールという場所からイギリス軍へ攻め入りました。

しかし、この作戦は完全に失敗に終わりました。

日本及びインド国民軍は敗退しました。

その後、インド国民軍のリーダーも反逆の罪としてイギリス軍において死刑が確定しました。

当時インドはカンジーの運動において独立の機運が高まっているところでした。

そんななかで、インパールにおいてインド独立のために戦ったインド国民軍のリーダの死刑判決がきまってしまったものですから、インド全体の国民がブチギレてインド内における独立運動が燃え上がりました。第二次世界大戦終了後において体力をなくなっていたイギリスはインドに独立運動を抑えることができなくなり、インドの独立を認めることになりました。

このように、間接的であれ、日本とインドが共に戦ったインパール作戦はインドの独立への強いきっかけとなっていたそうです。

インドと日本が現在においても仲よく、インドの人が日本人をよく好いてくれることが多い理由はこの戦いにおいて、血を両国ともに流した仲であるからかもしれません。

インドの新政権において最近インド人民党のモディが新首相となりました。

このモディ首相は日本を最も重要なパートナーとして重視しているらしく、現在の阿部首相とも非常になかがいいそうです。

これからも日本とインドは関係がいっそう深くなっていくことが予想されています。

太平洋戦争の解釈がどうであれ、過去に共に戦った仲間としても、今後も両国においてよりいっそう強い絆が生まれることを願ってます。

 


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